このたび、日本経済新聞の連載企画『こころの玉手箱』にて、蝶野正洋のロングインタビューが掲載されました。
「昭和の象徴・アントニオ猪木への思い」と題し、蝶野のプロレス人生のターニングポイントとなった思い出の品々(玉手箱)とともに、激動の半生とこれからの歩みを振り返る大変見応えのある内容となっています。

— 主な見どころ・紹介エピソード —
- 若き日の試練と、愛妻マルティーナさんとの出会い
ヤングライオン杯優勝後、突如命じられた海外武者修行。言葉も通じず人種差別に苦しんだどん底のドイツ・ブレーメンで出会ったのが、のちに妻となるマルティーナさんでした。彼女の手によって奇跡的に修復された当時の「小さなトロフィー」や、彼女がデザインした「結婚指輪」に込められた、35年以上にわたる夫婦の絆の物語は必読です。 - 「黒のカリスマ」誕生の裏舞台と、戦闘服へのこだわり
30歳を過ぎて抱いた焦りと不安のなか、1994年のG1クライマックス優勝を機に、白のコスチュームから「黒」へ一新し完全ヒール転向を果たした蝶野。その代名詞である「黒のロングガウン」は、マルティーナさんが学ランやドイツの軍服、映画『スター・ウォーズ』のダース・ベイダーのイメージを融合して手縫いしたものでした。 さらに、トレードマークの「サングラス」をリング上でかけるアイデアも妻の発案によるもの。「日本人がサングラスをかけてリングに上がるかよ」という当時の葛藤や、のちに芸能界・ファッション界まで巻き込み大ブームとなった「nWoジャパン」の旋風についても誇りを持って語られています。 - 我が親分・アントニオ猪木さんへの感謝
新日本プロレス入門2年目で付き人となって以来、蝶野にとって唯一無二の「親分」であり続けたアントニオ猪木さん。伝説の「猪木問答(2002年)」の真相や、震災被災地でのエピソード、そしてデビュー60周年記念の会で授かった“闘魂ビンタ”の思い出など、激しくも温かい師弟の絆に迫ります。 - 満身創痍の肉体と、リングへの想い
2017年のプロレス休業後、脊柱管狭窄症の手術や車椅子生活を経験するなど、体は悲鳴を上げながらも、2023年には盟友・武藤敬司さんの引退興行で奇跡のリングインを果たしました。 現在「引退するする詐欺」のようになっていると自虐を交えつつも、アパレル会社の経営や防災・救命の啓発活動に注力する今、蝶野が抱く“プロレスラー”としてのこれからの生き様がストレートに綴られています。
【記事詳細】
- 掲載媒体: 日本経済新聞(電子版・紙面)
- コーナー名: こころの玉手箱
- タイトル: プロレスラー 蝶野正洋(1)~(5)
- 掲載日:5月11日~15日
新日本プロレスの黄金期を築き、今なお独自のスタイルで発信を続ける蝶野正洋の「原点」と「現在地」が詰まった必読のインタビューです。
会員限定記事となっておりますが、ぜひ日経電子版等でご一読ください!
◇日本経済新聞WEB版
https://www.nikkei.com/columns/wappen_44GT44GT44KN44Gu546J5omL566x